西淀中学校 職場体験

2009年2月18日~2月20日  西淀中学校 職場体験

 今年も、西淀中学校から4人の生徒があおぞら財団に職場体験に来ました。
 3日間に渡り、ニュースレターファイルの整理や、郵送作業など様々な面で財団の活動を体験してもらいました。3日目には、財団や西淀川公害について学習してもらうために、西淀川公害展示パネル(あおぞらビル5階にあります)や、ビデオ「手渡したいのは青い空 ~未来からのメッセージ~」を見てもらいました。


 その上で、職場での体験も踏まえて、4人の生徒に感想文を書いてもらいました。

「あおぞら財団」
池川悠

あおぞら財団ができたのはいろんな人たちのおかげということを知った。
 1930年ごろから、高度経済成長期にはいり、いろんなことが便利になったが、その反面人々が苦しまなければならないということが起きた。とくに、西淀川区はとてもひどく、昼でも真っ暗ということがあったり、ぜん息という病気のようなものになったりと、西淀川住民を苦しめ続けてついに西淀川で患者会が誕生した。
 1970年には、西淀川区が大阪市で唯一の公害指定地域となり、公害病と認定され西淀川区医師会は西淀川区医師会立公害検査センターをつくった。そして、西淀川区に訪れたジャーナリストなども西淀川区の公害を多く伝えていき、その後も社会の矛盾点を市民の立場からひろめていった。
 ついに西淀川住民の人々は、企業や国に対して裁判を行った。このことを支えたのは弁護士たちだった。しかし資料が乏しく、立証も難しく、勝訴の見込みがないと思われました。
 しかし、患者や弁護士たちが、公害病の苦しみと裁判への支援を訴えて、全国から130万筆を超える署名を集め、20年もかけてついに裁判に勝利しました。そしてその和解金の1部であおぞら財団がつくられました。
21世紀に生きる僕たちが今しなければいけないことは、昔のことを知り、未来に生きる子どもたちがいい環境で暮らすためにもCO2などを減らすことだと思います。

「公害のことを聞いて」
池野 裕悟

 最初、初めてこの「あおぞら財団」にあいさつに行き、西淀川区の空気がよごれているのを知ったが、展示を見て、大阪の大阪湾の奥の区域のほとんどが工場で、西淀川区の隣にある此花区や尼崎市なども、ふくめた阪神工業地帯の出すガスや、道路が大阪には、多いので、そこを通る車の排出するガスなどが、大阪府全体の空気を汚して、公害での病気にかかった人が今も苦しんでいるのを知りました。その他にも、ビデオを見て、十年前よりもその病気になっている人が増え続けているのもしりました。
 だけど、「それじゃだめだ。」と思った人たちが立ち上がった事には少しほっとしました。その人たちは、工場や道路の企業に、勝つのは難しい裁判をして、その他にも、公害患者の運動などをして、裁判は二十年にも渡り続けて、最終的に、公害患者の人たちの要望が通り、裁判に勝ったところが、自分は一番印象に強く残りました。もしも、自分が公害患者としたら、自分もその運動に参加したと思うからです。
 でも、今の大阪だけでなく、日本全体の空気が汚れてきていることも知りました。自分は、「今は大丈夫。」「今は空はきれいじゃん。」と思ってきました。だけど、今のままでは、もっと空気や空が汚れてきて、「自分の未来はどうなるんやろ。」と思ったが、ごちゃごちゃ考えてもしょうがないし、「自分の未来は、自分でどうにかしろ。」と思った。
 だから、自分は今、知れてよかったと思い、今からだったら、間に合うと思い、自分はこのことを広めて、皆に知ってほしいと思い、大人になってもそのことを忘れずに、自分で、できることを少しずつでいいから、今からやっていこうと思った。

「あおぞら財団で学習した感想」
福原旺達
ビデオを見て感じたことは西淀川区は空気が汚かったんだなと思った。
小学校の時に公害のことを少し習ったが、公害名などを習っただけで西淀川区の昔のことは今日初めて知った。昔の、西淀川区の、立ち上がった人たちのプレートが僕は一番印象に残っている。裁判で二十年もかかったと聞いて政府の人たちは何をしているんだと思いました。工場のけむりでたくさんの人たちがいのちを失ったんだと言うことも今日初めて学んだ。 何年もかけて西淀川区をきれいにしたという理由で僕はこのプレートが一番印象に残った。西淀川区のことをもっと知りたいと思った。頑張ってこの町をきれいにしたんだなあーと思った。 あおぞら財団のことも今日初めて知った。よく、ビルの前を、通ったりするけどただのビルかと思っていた。だから初めてここに挨拶しに来たときに、「ああー、ここか」と思った。学校では教育、保育の場所のらんにあおぞら財団があったので保育所かなと思っていた。だから今日のビデオを見て驚きました。資料を見ていって僕たちが起こそうと思った行動は身近なエコかつどうなどをしたらいいと思った。今日、学んだ公害、公害をなくそうとした地域の人たち、あおぞら財団などのこと、公害の起こす病気のことなどを忘れないようにしたい。今は大丈夫だけどこの先はどうなるのか、等を考えると僕たちはこのように頑張っているあおぞら財団などのことを知っておかなければならないと思いました。                   「終」

「公害のことを学んで」
森山 直人

展示を見て分かった事は、西淀川区は大気汚染のせいで、人々の、病気や苦しみの連鎖で大変だったことが分かりました。
そのため、人々は、企業や国に、公害の責任を認めさせ、きれいな空気を取り戻すために、
西淀川の公害患者たちは、二十年の歳月をかけた裁判公害行政の後退を止めました。
とっても長い歳月をかけたんだと思いました。
裁判が終わっても、環境が改善されたとはいえず、道路公害は、未解決であり、子供のぜんそく患者たちは増える一方だそうです。
一番印象に残ったのは、病気や苦しみの連鎖です。病気のせいで、仕事ができない・学校に行けない・食事や入浴が困難・のけ者と呼ばれるなどいろいろなことに、苦しむ人々がいる。と言う事が一番印象に残りました。いろいろな事があったというのが、あおぞら財団で分かりました。
これからは、使った油を持っていって、車をその油で動かすなどいろいろな事をしていきたいと思いました。
あおぞら財団で、いろいろなことを学んでためになったな。と思い、今後も環境のことについて、どんどん考えていったり、行動をおこしていきたいな。と思いました。

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